2024/09/19 09:57
タケルが札幌に転勤してから、由香里は日常生活に戻ろうと努力していたが、彼がいなくなったことで心にぽっかりと穴が空いたようだった。彼との会話や優しさ、そして彼が変わっていく姿を思い返すと、どれだけ自分にとって彼が大切だったのかを実感し始めた。
ある日、アルテミスクラシックで働いている最中、由香里はふとタケルが店に訪れる時間帯を思い出し、無意識に彼の姿を探している自分に気づいた。その瞬間、彼がもういない現実が、彼女にとってどれほど寂しいものかを痛感した。
その夜、由香里は一人で考えた。
「タケル君…私は、彼を失いたくなかったんだ。」
今まで感じていたのは、ただの友情ではなく、確かな恋愛感情だった。しかし、彼はもう札幌に行ってしまい、彼女はその気持ちを伝える機会を失っていた。
「どうして、あの時に気づかなかったんだろう…」
由香里は後悔の念に駆られながらも、タケルが今どこかで頑張っていることを思い、静かに涙を流した。
タケルが札幌に転勤してから、由香里は山田社長との距離を自然と取るようになった。山田からの食事の誘いも、丁寧に断り続けていた。彼は何度か再度誘ってきたが、由香里はそのたびに「今は忙しくて…」と理由をつけ、関係がそれ以上進展することはなかった。由香里の気持ちは、完全にタケルの方を向いていた。
やがて、バーの助っ人も終わり、新しいスタッフが見つかったことで、由香里は自分の時間を取り戻した。しかし、それと同時に、日々の生活に空虚感が漂い始めた。毎日会話を交わしていたタケルがいないことで、彼女の心にはぽっかりと穴が開いたようだった。
ある日、由香里の親がふと彼女の様子に気づいた。
「最近元気がないね。何かあったのかい?」
由香里は、タケルが札幌にいることを伝えたが、それ以上は言葉にしなかった。心の中では、タケルのことが離れないままでいた。
由香里が部屋で静かに過ごしていると、母親が何気なく言った。
「タケル君、札幌なんだろう?最近、あんまり元気がないのは、タケル君がいなくなったからなんじゃないの?」
その言葉に、由香里は自分の気持ちが表情に出ていたことに気づき、内心で動揺した。だが、親のその一言が、彼女の背中を押すきっかけとなった。
週末、由香里は衝動的に札幌へ行く決心をした。タケルに会いたい、直接顔を見て、もう一度自分の気持ちを確かめたいという強い想いが込み上げてきた。
飛行機のチケットを取り、彼女はそのまま札幌へと向かった。
一方、札幌での新しい生活に慣れ始めていたタケルは、昇進したことで仕事に忙しくなっていたが、心のどこかでは由香里への未練を感じていた。自分から突き放したものの、彼女のことを忘れることができずにいた。
そんなある日、タケルのスマホに突然メッセージが届いた。画面を見ると、由香里からの連絡だった。
「タケル君、今どこにいるの?」
驚きながらも、「もちろん札幌だよ」と返事を送ったタケル。しかし、すぐに返ってきた彼女の返信を見て、さらに驚く。
「実は…私も今、札幌にいるの。観光しに来ちゃったんだけど、時間あるかな?」
タケルは驚きのあまり言葉を失った。彼女がまさか札幌まで来るとは思ってもいなかった。手が震えながら、返信を打った。
「由香里…本当に?どうして急に?」
「会いたかったから。照れるけど…」
その一言が、タケルの心に響いた。彼が感じていた空虚感が、一瞬で満たされた気がした。
終